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[ 北の道ストーリー ]

山アテの多い北の道

【畑山 義人氏】

     

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■まっすぐな北の道

北海道にはまっすぐな道がたくさんあります。札幌をはじめ北海道の街の多くは格子状道路で区画されていますし、郊外にも直線道路が延びています。その理由は簡単です。道路はまっすぐに造るほうがたやすく、土地を区画するにも便利であり、しかも当時は家も畑もほとんどなかったため、多少の起伏や川の存在を無視すれば将来の道路用地を直線に計画できたというわけです。

 

道道827号(斜里町)

十勝中部広域農道 ペンケヌーシー岳
(帯広市)

 

北海道の道路や街路は札幌本府の建設(明治2年着手)、屯田兵村の建設(明治8年創設)、本格的な殖民地選定事業(明治19年着手)を経て、ごく短期間に設定されました。本州には古くからの踏み分け道から発達してきた道が多いのですが、北海道では明治政府によって計画的に道が造られ、その後に人々を殖民区域に入植させるという政策が採られたのです。道が先、人が後だったわけです。しかも、時代は既に馬車が通行できる道を求めていましたので、北海道では最初から規格の高い(広幅員、緩勾配の)道路が計画されました。

 

 

 

■北の道に隠されたミステリー

さて、こうした成立過程を経てきた北海道の直線道路には、他の地域ではなかなか見られないユニークな現象がふたつ見られます。

ひとつは、進行方向の先に山が見える直線道路が多いこと。羊蹄山のような著名な山に向かう道もありますが、地域の小さな山に向かう道も多いのです。なぜでしょうか。

もうひとつは、都市の方位軸が傾いていること。山鼻(札幌南部)、生振(石狩)、新篠津、芦別、沼田、秩父別、雨竜、北見、帯広、音更、池田。これらの方位基線(東西南北の道路軸線)はすべて反時計まわりに(正確に言うと真北の4.5~6.5度西方向に)偏っているのです。なぜでしょうか。

 

 

 

■当時の測量事情

実は、それらは当時の測量事情と密接な関係があるのです。格子(Grid pattern)を定義するにあたり、先人たちは最初に殖民区域の形状を見定めて最も適した軸を選定しました。それは各地に基線あるいは一線、零号という名前で現存していますが、それらを注意深く調べてみると、中にはその軸を三角点(開拓使が明治6年から設置開始)や地域のランドマークに当てたり、南北方向に向けたものが数多く存在することがわかってきました。東西南北と条丁目の呼称でわかりやすい街区や山に向かって一直線に伸びる「山アテ道路」はこうして誕生したのです。

 

ただし、基線を南北に合わせる際にはコンパス測量に拠って磁北を求め、局所的に座標を定めたため、各地の南北軸は当時の磁気偏角分だけ傾いています。例えば北海道南部の札幌山鼻地区で5.5度西偏、東部の北見で4.5度西偏しているという具合です(ちなみに、現在の札幌での磁北は約9.5度西偏しています)。

 

原野に立っている自分を想像してみてください。原生林が生い茂り見通しは利きません。精密測量機械は輸入品で数が足りません(国産のトランシットが登場したのは明治34年)。また、北海道全土の座標系がまだ確立しておらず、原生林を広く切り拓いて隣り合う地区との関連付けを行ったり、天体観測を行い方位を精密に求めるには多大な労力を要します。もしあなたが「道を速成せよ」と命じられたら、きっと山に当てたりコンパスを使うことを選択して、局所座標で間に合わせながら原生林を拓くでしょう。

 

トランシット

当時の測量の様子

 

このように、北海道の山アテ道路は、ほとんどが山を測量の視準点として使った結果誕生したものであると考えられます。その証拠に、運河、捷水路、排水路などの人工河川や鉄道にも山にアテているものがあります。また、函館のように、先に人が住み、後から道ができた地方には山アテ道路が見当たりません。

 

創成川 藻岩山(札幌市)

JR石北本線 紅葉山
(留辺蘂町西留辺蘂駅付近)

 

明治・大正期の路線選定に関する文献には山アテのことが全く記述されていませんが、開拓使によって三角測量が開始されて以来、山頂に三角点が置かれ、覘標(てんぴょう:三角点の位置を遠くに示すためのやぐら)を設けるようになったので、むしろ山を視準するのは常識だったのかもしれません。また、北海道特有の泥炭地では地盤ごと側方移動や沈下を起こすため、不動点としての山頂は便利だったのでしょう。

 

 

 

■百年前の技術者からの贈りもの

改めて山アテ道路の写真を眺めてみましょう。道路には交通機能、街づくりの誘導機能のほかに、空間形成機能があります。道路がまっすぐだと、上空もまっすぐ、大きく拡がり、沿道に展開する建物や林はやがて一点に収束します(この印象深い景観構成をヴィスタ景と言います)。そのバニシングポイント(焦点)に山があるのです。

 

国道334号 海別岳(斜里町)

国道276号 羊蹄山(喜茂別町相川)

 

この「絵になる風景」は「百年前の土木技術者からの贈り物」と言うべきです。これから造る道路では求め得ない貴重な土木遺産であり、磨けば光る景観資源であることを再認識しなければなりません。道路を横断する電線や標識、看板が増えるたびに、山アテ道路の見通しは悪化しますが、現代に生きる私たちには、この土木遺産を正しく認識し、保全し、後世に残す責務があると思います。

 

資料:北海道の山アテ道路(PDF : 623Kb)

 

 

 

【畑山義人(はたやまよしひと)氏のプロフィール】

 

清水建設株式会社にて、主に海洋構造物と橋梁の設計および技術開発業務に従事。

その後、1991年ゼネコン初の景観デザイングループを立ち上げ、橋梁・トンネル・街路・水道施設・送電施設・ダム・公園など様々なインフラの構造デザインを手掛けてきた。

現在は、株式会社ドーコンにて、橋梁と道路の計画・設計と社内の景観デザイン業務全般に携わる。

東京工業大学(空間デザイン)・北海道大学(パブリックデザイン)非常勤講師。

 

(2007.05.17)

 


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